やり過ごしの日々日記

〜想いのつぶやきあれこれ〜

惨め

風邪は治り、体質の咳喘息も今回は出てなく、ただ気管の炎症のため、声はかすれ、出にくい。

前職も思いがけない辞め方で、離職票も未だ届かないので、気持ちは就活に向かない。惨めなもんだ。

 

私はこれから何をやるんだろう。やりたいことはない。

隙間バイトのタイミーは、本当にメンタルヘルス的にも有難い。

喉をやられた

依然、父親にだけは退職したことは伏せているため、連日エアー出勤は継続中なのだが、じっとしていることも精神的にできず、隙間バイトやハローワーク、母の送迎としていたら、朝起きたら喉に違和感を覚え、乾燥かな、と思ったのだが、翌朝に風邪と判断し、クリニックへ。

今日で違和感から4日目だが、咳喘息に毎度移行するため、吸入薬も処方し、だいぶ楽になっている。

今週、農業イベントもあるため安静にしなければ。

しかし、身体は正直だ。精神的にゆっくりもできず、ゆっくりしたかったのだが、風邪を引いておかげでゆっくりできている。

今回は、いつもと異なり、風邪の時のだるさはなく、喉が目立って痛んだので、眠れてもいたので、身体の免疫はそこまで弱ってないところに弱点の喉の場所でウイルスは留まっていたのかな。

 

退職の流れからストレスはかなり高かったが、早朝覚醒もなく、疲弊もしていなかったので、今回の風邪は不意だった。

 

皆さん、どうか難しいけれど、自分自身を労り、無理を極力させないであげてください。

 

※応募していた先月中に面接を受けていた公務の公園管理の仕事は、落選。ハローワーク職員曰く、私が一番若手だったのだが、。

図らずも

とうとうというか、図らずも退職する流れになってしまった。

問題となる事柄の前の週に、逃げるように転職活動の面接を受けたが、こちらから断った(ここで、気持ちが一度沈んだ)。

 

そして、気を取り直して、先週の週明け月曜日に出勤したわけだが、朝に同じ事務室の事務官の挨拶の返しに嫌気が差し、その後の事務室での女性職員と事務官の応答などに怒気を覚え、なんと、私は管理職に退職の意向を伝えた。

 

塵も積もったものもあり、狭い事務室で給食を4人で食べなきゃならんし、流暢な和やかな会話の中に、新人の私だけ輪に入ることが苦手な状況と、恐らく、私に対し何か不快なことがあって、無下に扱うというわけでなく、私は普段事務室にいないので、相手も私に親近感を覚えてないのかもしれない(半年経たのだが、)(また、私も寡黙だから)。

あと、私は一人作業だから、挨拶を丁寧に意識するのだが、彼ら彼女らは、様々な対応があるので、挨拶は特に重要視してないのもあると思うが、普段の気持ちのない挨拶に、敬意を感じられず、それも嫌気を起こしていた。

 

そういうのが積み重なり、タイミングと不愉快な言動が重なり、最終的に心が折れたのだろう(誤魔化して上手くやっていくことが不可能)(私も未熟だが、職場環境が合わなかったかな、)。

 

学校の強く明るい雰囲気や流暢な話しぶりに、無理に迎合し、相応しくないとも感じていたので、遅かれ早かれな気もしていた。

 

図らずも3年半で用務職の仕事は終わった。

お盆

お盆休みが過ぎていく。

人生で初めて昨日、献血をした。

車の試乗も終え、金額の交渉次第で、買う決断をするが、キャッシュで支払うので、自分の中に積み上げてきたものが一気に失っていく気がする。しかし、喪失するということは、新しい何かを取り入れる余白ができることだ(人生この繰り返し)。

明日は、とても久しぶりに母の実家へ。

先々には婚活イベントが控えている。

一人の退屈や限界を感じて久しい。

それでも日々は廻り、私は私を起動していく

梅雨心

東北も梅雨明け間近です。

少し前に職場の人の言動の違和のチリツモから(職場あるある)、管理職までに吐露するまでに至った。それから、人間関係で期待しない、自己と他者の区別や割り切りをスムーズにこなせるようになっている(長年、無意識に相手に丁重な言動を求めていた)(真面目が故に相手にも求めてしまっている)(自分に他人がどう扱ったかが気にしてしまう)。

 

先日の婚活イベントでは、2人にマッチング希望を出したが不可だった。私は本命には真面目になり、そうでない人には、真面目な顔して苦笑させるような言い草で、場を持たせていた。

マッチングアプリは卒業し、1年以上も定期的にイベントに参加しているが結果が出ない。

変化を望んでいるが、新たな趣味も浮かばず、出合いもない。

 

日曜日に車の試乗を初めてしてみる。今のスズキのアルトは急遽買ったこともあり、乗り心地がよくない。

梅雨時期

同情し、応援したくなるサッカー日本代表チーム。私もそういう人間になりたい、なるべきなのか、いや、私は馬ではなく、ロバだ。ひっそり目立たず死んでいきたいのが私の気質に近い。

 

部屋や服の整理と断捨離をして、湿った心の窓に風を入れた。

 

来週末に大学のOBの県支部の総会、懇親会に初めて参加する。特に深い思い入れもない。人の気持ちの変化はわからないものだ。しかし、知らない人ばかりで、誰かと会話が成立するのだろうか。退屈だから、見物がてら行こう、そんな不純な動機だ。

本日快晴なり

日本戦もいよいよ迫ってきた。遠藤選手の代わりを同ポジション以外の選手を選んだあたり、手練手管を感じる。

 

今日アプリのお会いする人は、延期になった。

疲れ気味なのでちょうどよかった。

 

今日は買い物に行きたい気分だ。快晴だからだろうか。我慢した分、お金を消費したいからだろうか。

自己であることは誠に疲れるな。自己であることが苦しいから、私は委ねられる他者を求めているのだろう。けど、それも幻想なのだ。さらに、自己意識が醸成されるかもしれない。死ぬまで、この自己の器の中で右往左往して、あくせくして生きていくなんて、勘弁笑っちゃうぜ。スーパーマンは我々が生んだ幻想だ。死の欲望を抱えながら、生を営んでいく。死の重力に引っ張られながら、生を支えていく。生死の矛盾を飲み込んだ者を大人と呼べるかな。

 

ミスチルの新譜アルバムを聴き馴んでいるが、この凪のような曲調が耳馴染みよく、選曲しがちだ。

 

https://youtu.be/wC7STC6KIMU?si=dGlMnFwVlizDfkrN